宗教ではない仏教 ビジネス縁起観 浪 宏友事務所

 


 


 


 


 


 


 

 

市民サークル 夕焼けクラブ

 

FIDR/公益財団法人国際開発救援財団

お金を追うな・仕事を追え

  

仕事とお金の関係

 庭野日敬著『法華経の新しい解釈』(佼成出版社)に、雑阿含経(ぞうあごんきょう)の次の一節が引用されています。

 「始めに功業(こうぎょう)を学び、方便(ほうべん)して財物(ざいもつ)を集めよ。彼の財物を得已(えおわ)らば、当(まさ)に四分(しぶん)を作(な)し応ずべし。一分(いちぶん)もて、自ら食に用い、二分(にぶん)もて生業(せいぎょう)を営み、余(よ)の一分は蔵密(ぞうみつ)し、以て貧乏(びんぼう)に擬(ぎ)せよ。」(庭野日敬著『法華経の新しい解釈』佼成出版社、p.332)

 庭野日敬師は、これを次のように現代語訳しています。

 「まず技能をしっかり学んで、それを方便(正しい手段)として収入を得なさい。そして、収入を得たら、むやみに使ってしまわないで、それを四つに分け、四分の一を生活費にあて、四分の二を営業費に使い、残った四分の一は貯蓄して、収入がと絶えたりする非常のときに備えなさい」(同書、p.332)

 これに次の経文が続いているそうです。

 「そうして正しく働き、正しい智慧で財を求めれば、財は日々に集まってくるけれども、そのうちから分に応じて社会公共のことに寄附(きふ)し、また友人とか親戚などにもよくしてやらなくてはならない」(同書、p.332)

  

 この経文から、お金の動きを見ますと、次のようになります。

  まず技能をしっかり学ぶ。

  それを方便(正しい手段)として収入を得る。

  収入を四つに分けて、次のように使う。

   四分の一を生活費にあてる。

   四分の二を営業費に使う。

   四分の一を貯蓄して収入が途絶えるなど非常のときに備える。

  

 ここから、仕事とお金に関する、次の関係を見出すことができます。

   仕事をして、お金を得る。

   得たお金の一部を使って、仕事を進める。

 これが、仕事とお金の基本的な関係であると考えられます。

  

  

藤本幸邦老師の教え

 長野市篠ノ井に、龍眼山円福寺があります。曹洞宗の寺院です。円福寺の第十九世住職は、藤本幸邦(ふじもとこうほう)老師です。平成21年に、世寿100歳で示寂なさいました。多くの人びとが、幸邦老師を「おっしゃん(和尚さん)」と慕っていました。老師は、印象的な教えをいくつも残して、人びとの心を浄めておられます。

 藤本幸邦老師の教えの一つ、「お金を追うな、仕事を追え」は、多くの人びとの心を捉えました。この教えを護って会社経営に取り組む経営者も少なくないと聞いています。

  

 雑阿含経に説かれた、仕事とお金の関係は、

   仕事をして、お金を得る。
   得たお金の一部を使って、仕事を進める。
でした。

 この関係を見つめながら、「お金を追うな、仕事を追え」について考えてみたいと思います。

  

  

お金を追う人

 「お金を追う」人は、「仕事をして、お金を得る」のなかで、「お金を得る」ほうに力を入れます。この場合、「仕事」は、「お金を得る」ための道具にすぎません。それゆえ、「仕事の意義」などには、何の興味もありません。お金さえ手に入ればいいのです。仕事でなくてもいいのです。「たくさんお金が入る手段」であれば、何でもいいのです。

 「お金を追う人」は、「得たお金の一部を使って、仕事を進める」についても、「儲かる仕事なら、お金を出してもいい」となりましょう。あくまでも、「お金を得る」ことが主題なのです。

  

 不思議なことに、お金を追う人の多くは、どうも、お金の使い方が下手なようです。

 熱心に、お金、お金、お金と思って手に入れたお金ですから、大事に、上手に使えばよさそうなものですが、どうも、お金の使い方が下手なんです。ですから、いくらお金が入っても、足らなくなってしまいます。

 ある研究者によりますと、こういう「お金を追う」ような人は、いくら給料が上がっても、まだ足りない、まだ足りないと不平不満を言うんだそうです。

 仏教のお経に「こういう人はお金の雨が降っても満足しない」と書いてありました。

 「満足する」ことが幸せの条件の一つだとすれば、「お金を追う人」は満足することを知らないのですから、いつまでも幸せになれない人だと、言わざるを得ません。

  

  

仕事を追う人

 「仕事を追う人」は、「仕事をして、お金を得る」の関係のなかで、「仕事をする」ほうに力を入れます。

 「仕事を追う人」は、「得たお金の一部を使って、仕事を進める」のなかでも、「仕事を進める」のところに力を入れます。お金は、仕事を進めるために必要な条件の一つです。

  

 「仕事を追う人」は、「仕事の意義」を考え、「仕事の意義」を追い続けます。

 仕事の意義とは、理論的には、「自分、相手、世間のすべてに幸せをもたらす」ということです。いかなる仕事でも、正しい仕事は、大なり小なり、このような働きをするものです。

  

 「仕事を追う人」も、お金は欲しい筈ですが、こういう人は、仕事を追っていると、必要なお金は入ってくるという経験をするものです。ですから、お金のことはそんなに心配することもなく、仕事に打ち込めるのです。

  

 「仕事を追う人」は、たいてい、お金の使いかたも上手です。仕事で得たお金を、大事に、上手に使います。そうしているうちに、いつしか収入も、貯えも増えていきます。こうして、お金、お金と騒がなくても、だんだん豊かになっていく人の姿を、私は何人も見てきました。

 ある有名な経営学の研究者によりますと、「仕事を追う」ような人は、お金についての不平不満は、まず、言わないそうです。

  

 私の人生経験からも、多くの方々のお話からも、やはり「仕事を追う人」が、幸せになると思います。

 「お金を追う人」は、どうも、幸せにはなれないようです。

  

  

「お金を追うな 仕事を追え」の真意

 藤本幸邦老師は「お金を追うな 仕事を追え」という教えで、

 「お金を追ってはいけないよ、お金を追っていると、幸せが遠ざかるよ」

 「仕事を追いなさい、仕事を追っていれば、幸せがやってくるよ」

と、言っているのではないでしょうか。

  

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