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自分の事実

ものごと

   

  釈迦牟尼世尊が「ものごと」と言うときは、われわれが感覚・知覚で経験し認識できる現象を指す。

 水野弘元博士は、現代の科学について、次のように述べている。

  

 「今日の科学の研究対象はすべて現象だけであって、本体や実体と言われる形而上学的存在は、経験によって認識判断され得ないから、科学の対象とならない。現象界のみが科学の対象である。自然科学は自然現象を、人文科学は人文現象を、社会科学は社会現象を研究対象とするのはそれである」(水野弘元著『仏教要語の基礎知識』春秋社/p.127〜128)

  

 釈迦牟尼世尊在世当時のインドの哲学者たちは、われわれの感覚・知覚では経験し認識できない存在を人間の本体や実体として唱えていた。それが「本体や実体と言われる形而上学的存在」である。私の見解では、仮想の存在または虚構の存在である。このような存在は、現代の科学の対象とならない。現代の科学は、観察、実験、測定などによって、経験し認識できる現象だけを対象としている。

  

 水野弘元博士の話は続く。

 「この限りにおいては、仏教は今日の科学と同じく現象界を対象とする。ここに仏教の近代的合理性があるといえる」(同/p.128)

 仏教もまた、現代の科学と同様に、われわれの感覚・知覚で経験し認識できるものごとだけを対象としているのである。ビジネス縁起観も仏教に習って、われわれが経験し認識できる現象のみを対象としている。

自分の事実

  

 自分が対象とできるものごとは、自分の感覚・知覚で経験し認識できる現象だけである。自分が経験できない現象、自分が認識できない現象は、それがすぐ近くで起きていたとしても、取り扱うことはできない。

 そこでビジネス縁起観は、自分の感覚・知覚で経験し認識している現象を「自分の事実」と呼んでいる。「自分の事実」だけが、自分が対象とし取り扱うことのできる現象だからである。

  

 「自分の事実」には、自分の資質が反映する。性質、能力、関心事、先入観、気分などなどが「自分の事実」に影響を及ぼす。このため、「自分の事実」は「実際の事実」との間にずれを生じる。

 われわれには、ものごとに接して「自分の事実」をつくると、「自分の事実」をもとに考え、判断し、決断し、行動する。これをビジネス縁起観では「受け取った通りに行動する」と言っている。

  

 「自分の事実」が「実際の事実」に近ければ近いほど、正しい行動を取れる。「自分の事実」が「実際の事実」から遠ければ遠いほど、行動を誤りやすい。

 「自分の事実」を「実際の事実」に近づけて、自分の行動を正しくする努力が、われわれには求められているのである。

自分の事実と十如是

  

 自分の中に形成された「自分の事実」を吟味するために十如是を活用することができる。「十如是の使い方」の項で述べたように、「自分の事実」を十如是に当てはめていけばいいのである。 「自分の事実」を十如是に当てはめて、整合しているか、矛盾はないかと検討する。整合し矛盾がないと判断できれば、「自分の事実」は「実際の事実」に近いと考えてよい。

  

 整合せず、矛盾があれば、「自分の事実」は「実際の事実」から外れていると考えなければならない。このときは、ものごとをさらに観察して、見落としているところを補い、見誤っているところを修正して、「実際の事実」に近づけなければならない。

  

 十如是の活用に習熟することによって「自分の事実」を「実際の事実」にできるだけ近づけることができれば、誤りなく行動できるようになれる。