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仏典に学ぶ

  

ダンマパダ

出典:中村 元訳『ブッダの真理のことば 感興のことば』岩波文庫

  

  

 ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくりだされる。もしも汚れた心で話したり行なったりするならば、苦しみはその人につき従う。ーーー車を引く牛の足跡に車輪がついて行くように。

 ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくりだされる。もしも清らかな心で話したり行なったりするならば、福楽はその人につき従う。−−−影がそのからだから離れないように。

解説

 『ダンマパダ』の第1句と第2句です。

 汚れた心とは、貪欲・瞋恚・愚痴によって自分本位の幸せを求める心です。一時的には、自分の思うような幸せが得られたとしても、決して長続きするものではありまえん。やがて、苦しみの毎日を迎えることになります。

 清らかな心とは、貪欲・瞋恚・愚痴がなく、自分・相手・世間のすべての幸せを願う心です。苦労は多いかもしれませんが、安らかな心で、みんなと共に生きる幸せな日々が訪れます。

 幸せを求めるという意味では同じなのですが、一方は苦しみを招き、一方は福楽を呼び寄せるのです。


イラスト:マルムギさん
イラストACより

  


  

66

 あさはかな愚人どもは、自己に対して仇敵(かたき)に対するようにふるまう。悪い行ないをして、苦い果実をむすぶ。

69

 愚かな者は、悪いことを行なっても、その報いの現れないあいだは、それを蜜のように思いなす。しかし、その罪の報いのあらわれたときには、苦悩を受ける。

  

解説

 『ダンマパダ』の第66句と第69句です。

 愚人とは、自分の行なったことが自分に結果を生み出すことを知らなかったり、無視したりする人のことです。

 このため、自分に苦悩が生じることを行なっては、自分で苦しんでいるのです。それはまるで、仇敵を苦しめているようなものだとあります。

 悪いことをすれば、その結果が自分に出始めますが、それが目に見えるようになるまでには時間がかかることがあります。

 その間は、悪いことをして得たものを手にして、得をしたなどと喜んでいます。しかし悪いことをして結果が目に見えるように現れだすと、苦悩が自分を苛みます。

 自分の行為は、自分に結果を生み出すことを、常に心に置いておくことが大切だと思います。

 

 


イラスト:マルムギさん
(イラストACより)

  


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