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ブッダの教え

ー仏教メモー

ブッダの教え

 

 ブッダとは、釈迦牟尼世尊です。釈迦牟尼世尊の説いた教えが数多く伝えられています。その中でも、中心的な教えと思われるものをいくつかご紹介させていただきました。

 管見による選択ですので大事なものを見落としているかもしれません。お気づきの方はどうぞご叱声ください。

中道

 

 正覚を成じたばかりの釈迦牟尼世尊が、五人の修行者たちに初めて説いた教えが「中道」であったと、経文が伝えています。

 釈迦牟尼世尊の説法は、概略、次のような内容です。

 「快楽に溺れていては苦を滅することができず悟りに達することはできない。苦行を続けても苦を滅することはできず悟りを開くことはできない。中道(ちゅうどう)を実践してはじめて苦を滅し悟りに入ることができる」

 「中(ちゅう)」とは、真ん中ということではありません。偏らないという意味です。

 「中道」とは「どこにも偏らない正しい道」であり、「真理に合った道」、「真の人間として生きる道」です。

 偏見、先入観、思い込み、自分本位の考え方や感情の揺れ動きなどがあると、偏った見方、考え方、行ない方をして、中道から外れてしまいます。偏った道は、迷いの道です。そこには、苦悩が渦巻いています。

 どこにも偏らない「中道」を歩くことによって、苦悩がなくなり、真の人間としての道を歩み、高い目的・目標に向かって進むことができるのです。

中道=どこにも偏らない道、真理に合った道

四つの聖諦

 

 釈迦牟尼世尊は、始めての説法で中道を説き、続いて四つの聖諦を説きました。

 「四つの聖諦」とは、「これが苦である」「これが苦の生起である」「これが苦の滅尽である」「これが苦の滅尽にいたる道である」という教えです。

 「これが苦である」とは、苦を明らかにすることです。自分は、このような現象をこのように苦しんでいると明らかにして、自覚するのです。

 「これが苦の生起である」とは、苦の原因を明らかにすることです。苦の原因の少なくとも一つは自分の中にあります。この自分の中にある苦の原因を明らかにして自覚するのです。

 「これが苦の滅尽である」とは、苦の原因を滅すれば、苦が滅することを明らかにすることです。自分の中にある苦の原因を滅すれば、自分の苦が滅し、再び同じ苦を味わうことはないことを明らかにするのです。

 「これが苦の滅尽にいたる道である」とは、自分の中にある苦の原因を滅する修行の道を明らかにすることです。それは、聖なる八支の道であると説かれています。

四つの聖諦=苦を自覚し、苦の原因を知り、苦の原因を滅する道を明らかにする

聖なる八支の道

 

 釈迦牟尼世尊は「中道」は「聖なる八支の道」であると説きました。四つの聖諦における「苦の滅尽にいたる道」もまた「聖なる八支の道」でした。

 それは「正しい見方」「正しい思い」「正しい言葉」「正しい行為」「正しい生き方」「正しい努力」「正しいことに念(おも)いをこらすこと」「正しいことに心を専注するようになること」という、八つの道です。

 「道」とは、実践すれば成果が出る方法と言ってもいいでしょう。その意味では、現実の場で実践して、成果を得るための実務的な教えであるといえます。

 八支の道には、すべて「正しい」とあります。

 「正しい道」は「中道(どこにも偏らない正しい道)」です。

 「正しい道」は、「真理に合った道」です。「真理に合った道」は、「調和を生み出す道」であり、「進歩・向上を生み出す道」であると説かれています。

 「聖なる八支の道」は、特別な道ではありません。日常生活で実践する道であり、仕事の中で実践する道です。そして、実践した人には充実した毎日が約束される、希望に溢れた道なのです。

聖なる八支の道=真理に合った道、調和を生み出す道、進歩・向上を生み出す道

縁起の法

 

 釈迦牟尼世尊がブッダ(覚った人)と呼ばれるに相応しい人となったのは、「縁起の法」を覚ったそのときからであるといわれます。

 「縁起」とは「縁(条件)によって起こる(生じる)」ということです。「あらゆるものごとは、条件(縁)によって、生じたり滅したりする(起)」という理論です。

 経文には、次のような「縁起の法」の表現があります。

 「これあればこれあり これ生ずればこれ生ず

  これなければこれなし これ滅すればこれ滅す」

 「縁起の法」は、このほかにもさまざまに表現されています。

 釈迦牟尼世尊が説くあらゆる教えが、「縁起の法」から生み出されています。

 私たちもまた「縁起の法」をマスターすれば、現実に役立つ理論やノウハウを開発することができます。

 ビジネス縁起観では「縁起の法」を基盤として、経営・ビジネスのための理論を開発しています。「問題解決理論」「企画立案理論」「人間関係理論」「人材育成理論」などが、主な理論です。

縁起の法=あらゆるものごとは、条件(縁)によって、生じたり滅したりする(起)

苦とその原因

 

 四苦八苦といいますが、これは仏教からでた言葉です。

 「生老病死」を四苦といいます。これに「愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦」の四つを加えて八苦といいます。この他にもさまざまな苦があります。

 これらの「苦」が生じるには、必ず原因があります。ブッダは「苦の原因」は「執着」であることを明らかにしました。

 代表的な教えに「縁起説」があります。「縁起説」では、十二支縁起が有名ですが、縁起支の数の異なる教えも、少なからず説かれています。「縁起説」を学びますと、苦の原因は「執着」であることが分かります。執着が膨張して、愛着とか取著とか貪欲、渇愛と言われるような強い執着となり、苦を生み続けることが説かれます。また、執着を滅すれば苦が滅することが説かれます。

 「無常・苦・無我・涅槃」を説いた教えでは、自分に対する執着が「苦」を生むこと、自分に対する執着を滅すれば「涅槃」に入れることが明らかにされます。

 「苦」の原因は「執着」であり、「執着」を滅すれば「苦」が滅することが、繰り返し説かれているのです。

苦とその原因=執着があれば苦がある、執着を滅すれば苦が滅する

自燈明・法燈明

 

 釈迦牟尼世尊は弟子たちに「みずからを燈明とし、みずからを依りどころとせよ。他を依りどころとしてはならない。法を燈明とし、法を依りどころとせよ。他を依りどころとしてはならない」と説きました。この教えは「自燈明・法燈明」と呼ばれ、尊ばれています。

 私はこの教えを「自分の主体性を確立し、真理が指し示す通りに行動せよ」と受け取って、そのようにしようと努力しています。

 正覚を成じたばかりの釈迦牟尼世尊が、これからは自分の悟った「法」を師として生きていこうと心に決めたという経文があります。これが「自燈明・法燈明」の教えの始まりであると私は受け取っています。

 釈迦牟尼世尊の説法に接しますと、五人の修行者に対する最初の説法から、ご入滅直前の最後の説法まで、すべての教えに自燈明・法燈明の精神が込められていることが分かります。

 釈迦牟尼世尊の教えは、自燈明・法燈明の精神があってはじめて理解することができますし、実践して成果を生むこともできるのです。

自燈明・法燈明=自分を拠りどころとし、法(真理)を拠りどころとする