宗教ではない仏教 ビジネス縁起観 浪 宏友事務所

 

 

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仏教と私たち

ー仏教メモー

仏教と私たち

 

仏教を学んでいるときに、ああそうか、そうだったのかと思ったことをメモしました。

仏教

 

 「仏教」は「仏の教え」です。仏とは釈迦牟尼世尊です。仏教は、釈迦牟尼世尊が説いた教えです。

 釈迦牟尼世尊が説いた教えは八万四千と言われるほど膨大ですが、その根本はひとつ「いつでも、どこでも、だれにも当てはまる普遍の真理」です。

 普遍の真理は、私たちの本来の生命を活き活きと発現させよう、すくすくと伸ばそうとはたらいています。

 普遍の真理は、起きているときも、寝ているときも、ご飯を食べているときも、仕事をしているときも、私たちにはたらき、私たちを生かしています。

 そういう普遍の真理を解き明 かし、普遍の真理に生かされている通りに生きることを薦め、具体的な生きかたを示してくれるのが、仏教です。

 仏教すなわち仏の教えは、私たちを幸せに導く、智慧と実践の教えです。

「仏教」は「仏の教え」

仏陀

 

 「仏陀(ぶっだ)」とは「真理を悟った人」という意味です。日本では「仏(ほとけ)」とも呼びます。

 よく「神仏」と言いますが、仏陀と神さまは同じではありません。神さまは人間を超越した存在ですが、仏陀は人間です。最高の智慧を悟った人間です。

 神さまには「神さま、私の願いを叶えてください」と拝みます。願いを叶えていただけるかどうかは、分かりません。

 仏陀には「仏さま、私たちも仏さまのようになりたいと思います。どうぞお導きください」とお願いします。

 仏陀は、私たちの智慧を育  て、正しい身の振る舞い・言葉の振る舞い・心の振る舞いを育ててくださいます。

 仏陀は、大きな愛情で私たちを包み、安らかで明るく豊かな人生・生活に導いてくださる尊い方なのです。

「仏陀(ブッダ)」とは「真理を覚った人」

縁起

 

 仏教では、縁起(えんぎ)を説きます。

 縁起を人間関係に当てはめれば、自分と関わり合う人が「縁」です。関わり合ったことによってものごとが起きることを「起」と言います。このとき自分の心の中にも、相手の心の中にも変化が起きます。これも「起」です。お互いの心の変化が、それからの、その人と自分との関係を作っていきます。

 目に見える世界にも、自分の心の中にも、相手の心の中にも、より良い結果が起きるようにしたいものです。

 そのためには、自分も相手も同じ人間であり、尊い存在であることを念じながら、身の振る舞い・言葉の振る舞い・心の振る舞いを正しくすればいいと、仏教は語っています。

縁起とは、縁(条件)によってものごとが起きるということ

実践

 

 仏教は智慧に基づく正しい実践を説いています。

 実践とは、日常生活における自分の振る舞いを正しくすること、自分と人との関係のなかで自分の振る舞いを正しくすることなどです。

 また、正しい職業で得た正しい収入で正しく生活をすれば、自分も家族も心安らかで伸び伸びとした毎日を送ることができると教えてくれます。

 「正しい」とは「自分にも良く、相手にも良く、世間にも良い」ことです。みんな一緒に幸せになることが、本当の幸せなのです。

 正しく実践すれば、よりよい道が開け、幸せに向かうことができます。誤ったことを行えば、幸せへの道を見失ってしまいます。

 釈迦牟尼世尊は、私たちに、正しさから外れないように気をつけなさい、正しい道を怠ることなく歩みなさいと、繰り返し繰り返し語っています。

正しい実践が、幸せへの道を開く

迷い

 

 「迷う」とは、人生・生活において、自分は何を、どうすればいいのか分からなくなることです。自分は何のために生きているのか分からないと迷っている人も少なくないようです。いずれにしても、自分の正しいありかたを見失っている状態です。

 仏教では、顛倒(てんどう)しないようにと、注意を促しています。顛倒とは逆さまである、ひっくり返っているということです。

 人間としての正しい目的を持たず、誤った目的を持ってしまうという顛倒があります。

 価値のあるものを無価値だと思ってないがしろにし、価値のないものを価値があると思って大事にするという顛倒があります。

 顛倒の迷いを持つと、自分の人生を損なってしまいます。迷いや顛倒から脱するには、智慧を学び、正しい実践に入るほかありません。

迷いとは、何をどうすればいのか分からなくなること

悟り

 

 「悟る」とは真理が分かることです。勉強や修行を重ねて、理解を深め、実践が身についてきますと、真理が体の芯から分かるときがきます。それが悟りです。

 真理を悟ると、そのときから、悟った通りに行動するようになります。これが悟りの特徴です。

 自分では悟ったと思っても、行動に現れないのであれば、悟ってはいないのです。逆に自覚がなくても、いつのまにか行動に現れている無自覚の悟りもあります。

 悟りはそのまま持続するものではありません。修行を怠るとたちまち失ってしまいます。悟りを持続するには悟りを自覚することと、悟りを深  める努力を怠らないことです。

 仏陀は、人間ですが、常に悟り続けているので、悟りから離れることがないのです。

 悟りは身の振る舞い・言葉の振る舞い・心の振る舞いに染み渡り自分の人格を豊かに形成します。

悟とは、真理が体の芯から分かること