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自帰依・法帰依
増谷文雄編訳『阿含経典3』ちくま学芸文庫所収の「大いなる死」より
釈迦牟尼世尊の病気
釈迦牟尼世尊は、アーナンダを伴い、ヴェールヴァナ村で雨安居に入られました。雨安居というのは、雨季の間一定の場所に定住して修行に専心することを言います。
このとき、ご高齢の釈迦牟尼世尊が重い病気に罹られました。経文には次のようにあります。
「ところが、世尊は、雨安居に入られてから、重き病を得られ、死ぬばかりの激しい痛みが世尊を襲った。だが、しかし、世尊は、正念・正知にして、痛みを訴えることもなく、堪えたもうた」(増谷文雄編訳『阿含経典3』ちくま学芸文庫、p.366)
80歳となられた釈迦牟尼世尊が、「死ぬばかりの激しい痛み」に襲われながら、正念を保ち、正知をめぐらせて、「痛い」と漏らすこともなく、ひたすら堪えておられたのです。
現象に心を引きずられる人は、体が老化すると心も老化します。
また、体が病気をすると、心も病気をしてしまいます。
釈迦牟尼世尊は老齢となっても心は老化せず、病気をしても心は健康を保っておられたのです。
一方、お付きのアーナンダは、釈迦牟尼世尊の病状の重篤さに、ただオロオロするばかりだったようです。
やがて、釈迦牟尼世尊は病気から恢復なさいました。
アーナンダが胸をなでおろしながら自分の心境をお話し、世尊はきっと恢復なさると思っていましたと告げました。このとき、釈迦牟尼世尊がアーナンダを諫めながらお説きになったのが、自帰依・法帰依の教えです。
自帰依・法帰依の教えが釈迦牟尼世尊の遺言であるとされるのは、このいきさつからでしょうか。あるいは、この教えが、生涯のお説法のかなめを成すと考えられるからでしょうか。
アーナンダへの教え
釈迦牟尼世尊は、次のように説きました。
「アーナンダよ、だからして、自己を洲とし、自己を依拠として、他人を依拠とすることなく、法を洲とし、法を依拠として、他を依拠とすることなく住するがよい」(増谷文雄編訳『阿含経典3』ちくま学芸文庫、p.368)
「自己を洲とし、自己を依拠とする」ことを「自帰依」と言い、「法を洲とし、法を依拠とする」ことを「法帰依」と言います。
「洲」とは、河川の流れの中に作られる中州です。大河の中にいて濁流に囲まれていても、中州に居れば流されることはありません。インドの大河にできる中州は、大小さまざまで、大きな中洲には人が住んでいることもあるそうです。
私たちの毎日は、思うに任せないできごとが次から次へと生じ、数々の困難に襲われます。これが人生の濁流です。多くの人々は、人生の濁流に呑み込まれ、もみくしゃにされて、苦悩の日々を送り続けています。
濁流に呑み込まれるとは、思うに任せないできごとや、数々の困難の中で迷いを深め、不幸への道を歩いてしまうことです。
釈迦牟尼世尊は、思うに任せないできごとの中にあって、数々の困難に襲われても、自己を洲とし、法を洲としていれば、濁流に呑み込まれることはないと説いてくださいます。
濁流に呑み込まれないとは、幸せへの道から外れないことです。釈迦牟尼世尊が説いてくださる幸せへの道は、中道・八正道です。何があっても、中道・八正道を歩んでいれば、幸せへ向かうことができるのです。
「洲」は、パーリ語の「ディーパ」の訳語です。「ディーパ」には「燈明」という意味もありますので、「自己を燈明とする、法を燈明とする」と訳されることもあります。ガンジス川のような大河のない日本では、こちらの方が理解しやすいのではないかとも言われています。
自帰依・法帰依の内容
自帰依・法帰依の教えについて、庭野日敬師の解説を学んでみたいと思います。師は、「自燈明・法燈明」を採用しています。
釈迦牟尼世尊は、アーナンダに、次のように説きました。
「阿難よ、あなた方は、ただ自らを燈明とし、自らをよりどころとするのです。他人をよりどころとしてはいけません。また、法を燈明とし、法をよりどころとするのです。他をよりどころとしてはなりません」(庭野日敬著『法華経の新しい解釈』佼成出版社、p.339)
この教えを、庭野日敬師は、次のように解説しています。
「『頼りになるのは自分であるぞ』と、まず、教えられました。他人をよりどころとしたのでは、その他人から見放されれば、あるいは、その人がいなくなってしまえば、途方にくれるほかありません。だから、あくまでも自分で立ち、自分で歩まなければいけないよ、とさとされたのです」(庭野日敬著『法華経の新しい解釈』佼成出版社、p.339)
どんなに信頼できる人でも、最後まで頼り切ることはできません。いつかは、別離が待っているからです。
真理の智慧を持たない人を頼りにしたら、気づいたときには間違った道を歩んでいたということになるかもしれません。
自分本位のことばかり考えている人を頼りにしたら、その人の都合のいいように利用されてしまうのが落ちでしょう。
やはり、自分を頼りにするほかないのです。
とはいえ、まだ迷いから抜け出していない自分です。「あくまでも自分で立ち、自分で歩まなければいけないよ」と言われても、本当に自分で立てるかどうか、本当に正しい道を歩めるかどうか、おぼつかないものがあります。
庭野日敬師の解説は続きます。
「それでは、その自分は何をよりどころとして生きればよいのか。『法』よりほかにはない。『真理』よりほかにはない。まちがっても、他をよりどころとしてはならないよ−−−と、お教えになったのです。
この『他』というのは何を指すのかといえば、とりもなおさず『神』を指すのです。自分の外側にあって、自分を支配していると考えられるような『神』、そういうものを頼りにしてはいけない、よりどころとするのは、ただ『法』だけである、『真理』だけであるぞ−−−と、力強く教えられたのです」(同)
ここに、「自分の外側にあって、自分を支配していると考えられるような『神』」を頼りにしてはいけないとあります。
このような「神」を頼りにすると、「神」が気に入ってくれれば幸福にしてもらえますが、「神」を怒らせたりすると罰を与えられて不幸にされてしまいます。このため、いつも「神」の顔色を見ながら生活しなければなりません。
それ以前に、「神」は本当に存在しているのでしょうか、本当に頼りになってくれるのでしょうか、残念ながら確かめようがありません。
本当にいるのかいないのか分からない、本当に頼りになってくれるのかくれないのか分からない。そんなあやふやな「神」を頼りにしてはいけないよと、釈迦牟尼世尊はおっしゃるのです。
頼りにすべきは「法」よりほかにはない、「真理」よりほかにはないと、釈迦牟尼世尊はおっしゃいます。「法・真理」を頼りとし、「法・真理」から生まれた教えを頼りにするのです。
釈迦牟尼世尊は成道してからずっと、「法・真理」をもとにして教えを説き続けてこられました。私たちは、これらの教えを頼りにして、学び、実践すればいいのです。
では、「法・真理」と、そこから生まれた教えは、本当に頼りになるのでしょうか。
少なくとも、三つの意味で頼りになると、私は考えました。
「法・真理」から生まれた教えを実践すれば、教えに説かれた通りの結果が生まれます。教えの通りに実践していれば、教えの通りの結果が出るのですから、安心して、頼りにすることができます。
しかしながら、釈迦牟尼世尊の教えの通りに実践しようとしても、実践できない自分を発見します。自分の中にある、貪欲・瞋恚・愚痴などの迷いが、実践を妨害するからです。
釈迦牟尼世尊は、こうした迷いを、理性と意思の力でコントロールするための教えを残してくださいました。その教えの通りに実践していけば、だんだんと迷いがなくなります。そして、中道・八正道を当たり前のように実践することができるようになります。
これまで、貪欲・瞋恚・愚痴で生きてきた自分が、「法・真理」で生きる自分に生まれ変わってしまうのです。
「法・真理」とそこから生まれた釈迦牟尼世尊の教えは、その意味でも頼りにすることができます。
さらに、教えの実践が深まりますと、そこから真の自己実現が行われるようになります。釈迦牟尼世尊の教えが、私たちを自己実現へと導いてくださいます。
自己実現とは、自分・他人・世間のすべてを幸せにするものごとを、自分の意思と努力で創造することです。教えのもとである「法・真理」が、ほんとうの意味で自分を生かしてくれるのです。
その意味でも、釈迦牟尼世尊の教えを、そして、教えのもとである「法・真理」を、心から頼りにすることができるのです。
千鈞・万鈞の教え
庭野日敬師は、自燈明・法燈明の教えの解説を、次のように締めくくります。
「まことに千鈞も万鈞もの重みのあるおことばであって、後世のいろいろなえらい人たちが、数かぎりないほど人生論や宗教論を述べているそのすべてを合わせても、この『自燈明・法燈明』の一語の重みには比べられないと思います」(庭野日敬著『法華経の新しい解釈』佼成出版社、p.339)
このお言葉に、さらなる解説を付する必要はありますまい。
阿含経では、自帰依・法帰依の教えが説かれますと、そのあとに、必ず、四念処の教えが説かれます。そのことについては、近々、レポートさせていただきたいと思っております。
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